Cyber NINJA Archives

2016年からの旧ブログを整理・修正して収納します。

Prince of Walesの最期

 先日、ハーグにある常設仲介裁判所が中国の南シナ海進出について、初めての(そしておそらく最後の)国際司法判断を下した。結論は、予想された通り中国側の敗訴となった。これに対し中国は「いかなる判決が出ても無効であり、中国に対して拘束力は持ちえない」とする従来の主張を繰り返し、判決はカミクズだと切り捨てた。
 
 現実問題として、中国とコトを構える覚悟がある国はない。司法判断に従わないから、即宣戦布告・・・ということは考えられない。しかし、国際社会で言うことを聞かない国だとの印象を諸国が持てば、中長期的に中国そのものの「核心的利益」を損なうと思うのだが。現に、EU離脱(戦争じゃないよ、単に経済的枠組みから外れるだけよ)といっただけで、ポンドは30%下落したではないか。
 
 ある意味当たり前だが、中国の経済発展によって香港含む中国各港湾の取り扱い量は急増している。南シナ海を通る船舶量も増えているだろう。そしてもちろん、そこは日本の「シー・レーン」でもある。75年前、南シナ海は緊張状態にあった。ベトナムなどインドシナ半島の大部分を植民地としていたフランスは、ナチスドイツに降服し勢力の空白ができていた。

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 この機に乗じて日本軍がフランス領インドシナに進駐、ベトナム南部に強力な海軍部隊を展開させた。狙いは南シナ海制海権である。サイゴン(現ホーチミン市)には、陸軍の上陸侵攻部隊までおり、イギリス領マレー半島を目標にしていた。
 
 フィリピンにいるアメリカ艦隊や、これも亡命政府となってもインドネシアにとどまっているオランダ艦隊、応援のオーストラリア艦隊はいずれも少規模で、日本軍の活動に対する大きな障害にはなりえない。
 
 唯一の例外が、シンガポールに根拠を移したイギリス海軍の「Z部隊」だった。トム・フィリップス提督率いる新鋭戦艦 "Prince of Wales" 旧式だが38cm主砲6門を持つ巡洋戦艦 "Repulse" と駆逐艦4隻がその全貌である。予定されていた航空母艦の配備は事故によって中止になったものの、南シナ海を制圧できる戦力と見られていた。
 
 対する日本海軍にも旧式の巡洋戦艦を改装した戦艦2隻が存在したが、新鋭戦艦の長砲身35.6cm10門の破壊力や防御力に対抗できる見込みはなかった。そこで、ベトナム南部に展開した陸上攻撃機(96陸攻・一式陸攻)が、この戦艦群を仕留められないまでも、一時期無力化できるかがカギになった。この時点では、停泊中の戦艦を航空機が沈めた(大破着底)例はあるが、作戦行動中の戦艦を沈めた例はない。賭けごとの好きな山本司令長官は、幕僚と「2隻とも仕留められるか?」の賭けをしたという。
 
 戦端が開かれ、マレー半島東岸クアンタンに日本軍上陸との報を受けたZ部隊は直ちに出撃した。さすがに「見敵必戦」のネルソン提督の後継者たちである。ただ、これは誤報であった。日本側の謀略であった、という説すらない。一方、日本海軍も潜水艦がZ部隊をいったん発見するも見失い、偵察機もなかなか敵影をとらえられない。 双方錯誤の末、ついに偵察機がZ部隊を発見した。
 
 陸上攻撃機は、広大な太平洋を舞台に侵攻してくる米国海軍主力艦を仕留めるために開発された機種といっていい。航続距離が長く、爆撃能力は高くないが雷撃ができる。いわば「漸減作戦のための空飛ぶ駆逐艦」である。合計85機の陸上攻撃機が去ったあとの海面には、2隻の主力艦は浮かんでいなかった。
 
 イギリス海軍人が想定する雷撃機(例:ソードフィッシュ)の倍近い速度で肉薄してくる全金属製の機体に、整備されていたはずの対空火器も役に立たなかった。日本側は偵察機を含めて、6機を失っただけだった。この海戦を境に制海権の意味が変わり、同時に制空権ももたないと意味がない時代に入ってゆく。さて、南沙諸島西沙諸島に建設中の「不沈空母」は、中国に何をもたらすのだろうか。
 
<初出:2016.7>