米中貿易戦争の背景には、急速に大きくなった中国の経済力・軍事力・技術力への、米国の警戒心がある。経済力が大きくなっているのは誰もが認めるところだし、軍事力も(本当に役に立つかは別にして)肥大化していることも確かだ。技術力についても、サイバー攻撃等による技術の詐取のような非合法的な手段、M&A等による合法的な手段を混ぜて強化が図られている。
米国が、ロシアとのINF全廃条約を廃棄するなどして、戦術的・作戦的にも中国を敵視し始めている。別の言い方をするなら、中国との一戦を覚悟しようとしている、少なくとも用意をしているということだ。そんな中、中国軍が得意のドクトリンを転換すると言う報道があった。
少なくとも20世紀以降、中国軍のドクトリンは「人民の海で敵軍をおぼれさせる」ことだった。巨大な国土と膨大な人口がそれを可能にしたのだが、一方で攻撃的な作戦・戦術はまるきり上手ではないこともその背景である。戦争というのは、可能な限り自国で行ってはいけない。民衆や経済に直接的な被害が及ぶからだ。しかし攻撃する能力が無いか、攻撃してもムダなくらい戦力に差があれば、相手を国土の奥深く引きずり込んで消耗させるしかない。
この記事にあるように、中国人民解放軍が近代化を図って先制攻撃を可能にすることを指向したい気持ちは分かる。すでに人口のピークも近く、一人っ子政策で生まれた兵士たちは親から「死んではいけない」と言われている。人海戦術のような命の安い戦闘はできなくなっているのだ。ならば被害の少ない近代戦術が可能かというと、ハードウェアは先進国の軍隊に似たものが作れても指揮や訓練といったソフトウェア面が一朝一夕に出来上がるとは思えない。
地方の「農民工」兵士なら教育面で近代的な兵士にするには時間がかかるだろうし、都会の富裕層の子供たちなら耐久力がなく勇敢にはならない。人民解放軍の改革、先は長そうですが、実際に戦ってみないとその戦力は分かりません。そんな機会が来ないことを祈っています。
<初出:2018.11>