Cyber NINJA Archives

2016年からの旧ブログを整理・修正して収納します。

ひうち型多用途支援艦(後編)

 艦橋を出て、今度はラッタルを降りる。急階段は登るより降りる方が危なっかしい。軍艦を舞台にした映画やTVドラマなどで、急ぐ時にラッタルを滑り降りるシーンが時々あるが、僕も若いころならやっただろうなと思う。小学生の頃は、階段の手すりを滑り台代わりにしていたのだから。もちろん、角度は学校の階段の比ではないが。


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 もうひとつのラッタルを降りて艦尾に向かうと、広いスペースがあって大型のボートのようなものが搭載されている。これが「自走式水上標的」。人間が乗って操縦することもできるが、無線操縦も可能。これ自身が標的を曳航することができる。オレンジ色のマストのようなものが付いているが、これは通信用のアンテナであり、カメラ等を取り付ける用途にも使える。
 
 戦闘艦の訓練には、標的が必要である。実際の艦船を目標にしては実弾射撃/爆撃はできないので、ブイのようなものに旗を立ててこれを曳航し、標的とすることが多い。誤射の範囲が広がると(あさっての方を撃ってしまうと)曳航側にも被害が出るかもしれないので、無人船を使う方が安全である。ひうち型には、この自走式水上標的を2隻積むことができる。

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 標的関係のミッションのほか、もうひとつ「艦艇曳航」というのがひうち型の大きな役割である。例えば「えんしゅう」は、2009年に廃艦となる護衛艦「たちかぜ」(基準排水量3,850トン)を曳航している。
 
 どうして1,000トン級の「えんしゅう」が、自分の4倍近い重さのフネを曳航できるかというと、速力15ノットという遅さにカギがある。自動車のローギアと同じ理屈で、速力が遅い分トルクが大きく「力持ち」なのである。エンジントルクに加えて、クレーンなどの設備も強力なものが搭載されている。これが曳航任務を達成するための設備である。
 
 帝国海軍は予算の大半を戦闘艦艇に充て、支援艦を十分整備できなかった。前線で艦艇の修理が可能な工作艦「明石」は1隻しか建造されず、それでもガダルカナル戦で傷ついた駆逐艦などを迅速に修理して真価を発揮した。米軍は執拗に「明石」をつけ狙い、ついに1944年3月にパラオでこれを仕留めた。
 
 また、大和級戦艦の主砲身を運搬できる船「樫野」も1隻しかなった。決戦兵器であるはずの46cm砲のサポートでさえ、そんなものである。その戦訓を汲んだのか、海上自衛隊は支援艦艇の充実を図っているように見える。まあどのみち1国ですべての戦力を整備できないのは当然で、海上自衛隊も米国海軍とのセットで活動するように設計されているのは確かだが。
 
<初出:2017.3>